まだまだ様々な見所が満載のNOASエリア。地元だからこそ気軽にフラっと訪れることが出来るプチ名所を紹介していきます。
今回ライターが訪れたのは中津市相原地区。何とここには7世紀後半の遺物が今も残っているのだとか。
アクセス
中津市の国道212号線を市街地側からイオンモール三光方面へ走らせます。左手にスーパー細川万田店が見えたら、そちらの交差点を左へ曲がり、道なりに進みます。
ハートフル動物病院がある交差点を右に曲がり、しばらく進むと右手に貴船神社があります。貴船神のすぐ側にあるこちらの写真の道を徒歩で進みます。
ポツン
一見、民家の庭先の一部に見えるこちらのスポット。行くのを躊躇ってしまいますが、この丘の様なスポットこそが今回のスポット、相原廃寺跡(あいはらはいじあと)なんです。
しかし、一見ただの丘…。周囲の民家の邪魔にならないように気をつけて、寺院跡とされる丘をぐるっと回ってみましょう。
基壇
ちょうど民家の隣の位置に説明板を発見しました。
説明板によると、この寺院跡には断面を観察できる基壇(建物の基礎となる部分)があるとのことです。また、基壇上には礎石が残っているのだそう。
ぐるっと一通り見てみましたが、小さな石碑が確認できたものの、他のものは確認出来ませんでした。基壇の断面は礎石の落下防止の工事のために現在では見えないとのことで、基壇面の上部にあるとされる礎石も確認出来ませんでした。残念…。
神社へ
しかしがっかりするのはまだ早い。まだ当時の寺院の一部を観られる場所があるんです!
礎石の一部は寺院跡側にある貴船神社と、東方にある瑞福寺に移されているのだとか。ということで、貴船神社にやってきました!
神社の一部として
神社にあった説明板によると、寺院の礎石であった石は神社敷地内、そしてこちらの石垣の一部として生まれ変わっているとのことです。
こちらの写真の一際大きな白っぽい3つの石が件の礎石です。
時の流れを感じよう
相原廃寺が建設されたとされるのは白鳳時代のうち、7世紀後半から末期とされています。この白鳳時代というのは美術史で表される時代で、飛鳥時代の7世紀後半から8世紀初めの時代を指しています。
白鳳時代だけでいえば、有名な大化の改新や平城京遷都といった時代。この礎石は私たちが良く知ったことがあった事柄と同じ時代を過ごしていた遺物なんです。一見何の変哲もなさそうなこちらの石ですが、見た目では何もわからないのだなぁ…、と考えさせられますね。
他にも
他にもこちらの神社の舞殿と本殿の間に礎石は残されています。現代の建物の一部として見事に生まれ変わっていますね。
神社もおすすめ
いかがでしたでしょうか。白鳳時代の遺物が現在も遺るこちらのスポット。神社も迫力のある大木と綺麗な境内が清らかな空気感を作り出していておすすめです。
皆さんも貴重な遺物を観に行ってみては。
店舗名 | 相原廃寺跡 |
---|---|
住所 | 〒871-0022 大分県中津市相原3657 |
内容は2024年04月16日時点の情報のため、最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
Yosaroh
コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。