まだまだ様々な見所が満載のNOASエリア。地元だからこそ気軽にフラっと訪れることが出来るプチ名所を紹介していきます。
今回ライターが訪れたのは山国町にある神尾家住宅。国の重要文化財にも指定されている貴重な建物です。
しかし、この神尾家住宅、すごさは建物だけにとどまらなかったんです!
山国へ
貴重な建築物として有名な神尾家住宅。
コアやまくにの案内板と共に神尾家住宅の案内板も出ているので、案内板に従って曲がった後は真っ直ぐ進んでいきます。
もっと山深いところにあるイメージでしたが、アクセスしやすい立地にあり、真っ直ぐ進んで行った先に駐車場を発見。結構分かりやすい場所にありました。車は2台停めることが出来ますよ。
許可をもらおう
神尾家住宅の道を挟んで向かい側に子孫で管理者である神尾さんのお宅があるので、許可をもらって見学します。
私有地なので、許可なしに敷地内に入らない様にしましょう。
許可を頂いた後は建物の見学…とシンプルに思っていたのですが、出て来て頂いた神尾さんの手には沢山の資料が。お話を聞かせて頂けることになりました。ありがたい!
こちらの写真が、神尾家住宅の正面となるそうです。
かつては草原だった守実地区
神尾さんによると、江戸時代、この辺り一体は太平洋戦争の頃まで日田まで繋がる草原だったんだとか。裏手の山も実は連なった丘だったそう。
大友が島津と戦った際に領民が逃げて来た先がここ守実(もりざね)地区なんだそうです。
このかつての丘の名前は大将陣山というそうで、実に血生臭い話ですが、島津が自分の軍勢の腕試しをする為に試し戦をし、たくさんの人がこの山で亡くなっているそうです。
今住んでいる住民は昭和30年の始め頃に越して来た人々だそうで、中津市の食堂、汽車ポッポのあの汽車も廃線になる前はこのエリアを走っていたそうですよ!
住宅横の用水路
見た感じはどこにでもありそうな田舎の用水路ですが、実はこの用水路は神尾家住宅が建てられた際にライフラインとして水を引いたものが今でも残っているんだとか!
神尾さんによると、この用水路で足をあらったりしてたそうですよ!
神尾家住宅とは
ライターはてっきり神尾さんの祖先が住んでいた住宅、と思っていたのですが、実は違うんだそう。神尾さんの祖先は当時別の場所に住居があったんだとか。
ではこの建物は一体?
実は神尾さんの祖先は1771年にこの地にやってきた元幕臣。神尾家自体も位が高く、江戸では城の前の半蔵門の前に住居を構えていた程の側近だったそうです。
ではそんな位の高い神尾さんの祖先は何故この土地に?
実は、ここは指揮所として実に重要な役割を果たしていたんだそうです。
ここは長崎で買った武器と日田の材木を江戸へと運ぶ主要ルートで、江戸の幕府の財源としても重要な役割を成していたんだとか。その重要さ故、神尾さんの祖先の一部がこちらにやってきたそうです。
また、将来出世する侍は経験の面も含めて、異国の人や文化に接する為に長崎へと向かうことがあった為、道中この神尾家住宅に1泊していたそう。この写真の囲炉裏はそんなお客さん用の囲炉裏だそうですよ。
ここは?
こちらは土間。奥に見えるかまどは料理には使われておらず、お風呂用のお湯を沸かす為のものだったそうです。
この土間に机と椅子をだして、家臣が毎日の報告を行なっていた、今でいうところの会議室の役割を果たしていた場所であったようです。
土間に面した囲炉裏
この土間に面した囲炉裏は家臣のものだそうで、報告中に草履の着脱なしにスムーズに行き来できる用、この位置にあるんだとか。
お風呂
これがお風呂。
土間にあったかまどで沸かした湯をこちらへ運び、みんなで行水状態で入っていたようです。
よく見るとちゃんと床も竹で水がはけるようになってますね!
すごいギミック
実はこの住宅、会津の家屋のシステムを導入して建築されているそうで、当時、木材は日田、職人を会津から連れてきて建てたそうです。
写真の逆V字のやや太い材木に横向きに竹が結ばれているのがお分かりでしょうか?
実はこれがすごさの秘密なんです。このギミックが住宅に2カ所付いているお陰で雪が屋根に積もっても竹がしなって自動的に雪を屋根から落としてくれる上、しなやかさ故、耐震性も高いのだとか。
当時、地震が起きた際の避難所にもなっていたそうです。
ん?
なんだこれは…。
土間を出たところで謎の穴がライターの前に現れました。
神尾さんに聞くと、
「昔はプライバシーもなんもなかったからね。」
と一言。
実はこれは昔のトイレなんだそう。確かにプライバシー丸出しだ…。しかも人の出入りが多い場所にあるとは…。
一見何の変哲もない軒先
最後にご紹介するのがこちら。
一見、ただの軒先なのですが、実はここは中津城のお姫様、リク姫様用の場所だったんだとか。
かの容保(かたもり)公の命令書が届いた時に、位の高い人物が同席して中を確認する必要があったんだとか。そこでその際に中津城からリク姫がこちらに来ていたのです。
こちらの場所の正体。それはリク姫の輿を置く専用の場所だったそうですよ。ここに輿を置く事で、輿から住宅の中へそのまま入れる仕組みだったそうです。
他にもこの神尾家住宅の軒下には隙間がないのですが、それはスパイ防止の為である、などなどたくさんの面白いお話しが聞けました。
実はここでは書けないびっくりするような話も現地限定で神尾さんから聞くことができますよ!
色々と深すぎる程深い神尾家住宅。神尾さんのお話しと合わせて是非当時の様子を感じてみてください。
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内容は2024年04月18日時点の情報のため、最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
Yosaroh
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