フォトライター「くぼ²ちゃんねる」が、地元の風景・人・物を通して感じた気付きや感動などを、写真を通してお届けします
眼下のハナミズキー桜1
眼下のハナミズキ
その頃、僕は西陽の差し込む病室で日々退屈な時間をやり過ごしていた。
3月も終わりに近づく頃、見頃を迎えた桜の花の撮影へと出かけることにした。近くのお寺の前に差し掛かった時、車のウインドウ越しに満開の桜が目に飛び込んできた。 車を止め、早速周囲を歩きその桜が一番輝いて見えるアングルを探し撮影体制に入った。
この時期は花曇りなどと言われすっきりしない天気が続くことが多く撮影のための好条件が揃う事は多くない。 しかしこの日は違った。珍しく青空が覗き時間もまだ早かったため、斜め上方から照らす春の光は柔らかく適度なコントラストと立体感を生んでいた。構図を決めるのに僕の脳と視線はファインダーの中の画像に集中していた。 構図の微調整をするためファインダーを覗きながら後ろへ数歩下がったその時、一瞬体が宙に浮き、「あっ」と言う短い声とともに昨秋刈り入れが終わったまま放置された田んぼへとスローモーションビデオを見るように…落ちた。
コンクリートの側溝の角に腰部を強く打ちつけた。撮影前に自身が立っている道路と田圃との高低差が一メートル以上あることも確認していたのに全く忘れていた。ドスっという鈍い音がして激痛が走った。咄嗟に頭をよぎったのは腰椎骨折してるかも?と言うことだった。 だとしたら腎臓や他の臓器へのダメージはないだろうか?仕事に穴開けることになるし長期離脱することになれば勤務先や家族やそれこそ多くの人に迷惑をかけてしまうことになる、どうしよう? 色んな不安分子が頭の中を駆け巡る。
いやいやそんなことは今考えても仕方がない、そうなった時に考えればいい。取り敢えずカメラやレンズは大丈夫か?後ろポケットに入れていたiPhoneは壊れていないか?。 色んな意味でまずいことになったかもしれない。 しかしその駆け巡る不安とは裏腹に痛みと痺れはあるものの意外なほどすっと立つことができたしカメラもiPhoneも死んではいなかった。 そのまま側溝の上に立ってみると道路は僕の肩あたりの位置にあり、そこに立っているとちょうど道路から頭ひとつ出ていて、そこにいること自体とても不自然な姿であると思われた。また助けが来るまでここに立ち続ける勇気はなく誰かに今の姿を見られたかもしれないと言う恥ずかしさもあり一刻も早くこの場所から立ち去りたかった。
もしかして大丈夫かも?と言う思いが頭を余儀ったのもつかの間、打ちつけた瞬間のしびれが少しずつ引いてくるのと反比例するように痛みはさらに増し体が動かなくなってきた。 とりあえず道路と田んぼが同じ高さになる所まで腰を抑え足を引きずりながら痛みに耐えなんとか辿り着き、そこで電話をかけた。
桜2
桜3
眼下のハナミズキ2
案の定、診察結果は4カ所の腰椎骨折。2014年サッカーW杯でブラジル代表のFWネイマールが起こしたやつと同じだよと笑いながらドクターは言った。
さらに一ヵ月位の入院になりそうだな?とも言った。 僕の顔は腰の痛みとともに本当にまずいことになってしまったと言う心の痛みとで二重に歪んだ。 一週間程、自力で動くことはできずベッドの上で過ごすことになった。 入院することになった病院は僕の勤務先と深い関係にありドクターもスタッフも顔見知りの人が多かったことから入院にあたり緊張感などほとんどなかった。 部屋は看護師長の配慮から個室が用意されしかも今の状態では見舞客に応対するのは大変だろうと言うことから病室の入口ドアには有難いことに面会謝絶の紙が貼られる事になった。 個室だった為誰かに気兼ねすることもなく快適ではあったが、その反面スタッフ以外の誰とも会話することもなく神様が突然与えてくれた退屈な時間は読めずにそのまま仕舞い込んでいた数冊の小説と共にやり過ごすことにした。 その後、歩行器を使い少しずつではあるが歩き回ることができるようになった。入院生活も3週間目を迎える頃にはその退屈な時間とスタッフには言えない食事のまずさとで苛立ちを覚えることも多くなっていた。
初夏の光
その日は春の暖かな日差しが部屋全体を包んでいて僕の心を自然と明るくさせた。思わず窓を開けてみたいと思った。四月の生暖かい風が心地よい香りとともに忍び込んできて澱んだ僕の部屋を一回りして出て行った。遠くから鳥の囀りも聞こえてくる。今の時期だと鳴いているのはやっぱりメジロかな?いやいやヒバリかも知れないな?思わず窓から体を乗り出し空を見上げ鳥の姿を探してみるが見つけることはできなかった。 ふと、いい香りに誘われるまま下へ視線を移した。。あっハナミズキだ。そこには限りなく満開に近い数本のハナミズキが列をなしていた。驚いた、全く知らなかった。というのもその場所は病院の真裏に当たり隣の民家との境に植えられたもので人の目にはほとんど触れることのない場所だったからだ。
僕の病室は西向きの二階にあり真上から見るそのハナミズキの白い花びら一つ一つがが放つ眩い光は春の海の輝きを思わせ、いつもはあまり見ることの出来ないアングルであったため、すごく新鮮に僕の目に映った。 それからと言うものこの時期には珍しく、好天が続きしばらくの間、僕の目を楽しませてくれた。 そしてその白い輝きと心地よい香りが消え失せてしまう頃、僕は消化しきれなかった退屈な時間と積もり積もった苛立ちを置き去りに読み終えた数冊の小説とともに部屋を出ていくことを許された。 帰り道、車のウインドゥ越しに見上げた空には初夏を思わせる太陽が燦々と陽光を振り撒き、お寺の桜は新緑へと姿を変えていた。
内容は2024年04月11日時点の情報のため、最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
ジモッシュ編集部
地元が嫌いとか好きとかじゃなく地元にしか興味がありません! 噂を聞きつければ現地に足を運び、文字通り「地元をダッシュ」して情報発信中。 思い立ったら即行動!普段から目を皿にして特ダネをさがしています。
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