フォトライター「くぼ²ちゃんねる」が、地元の風景・人・物を通して感じた気付きや感動を、写真を通してお届けします。
菜の花に想うジェンダーレス1
菜の花に想うジェンダーレス
子供の頃、菜の花はそこら辺りどこにでも咲いている花だった。 少なくとも僕はこの花をきれいだとか可愛いだとか思った記憶はないし、あ〜そう言えば咲いてたなぁと言う位の極めて薄い印象しか持ち合わせていなかった。
そもそも花に対しそんなに興味もなかったし男の子が花を見て綺麗だとか可愛いだとか声に出して言うのは恥ずかしいことだ。と誰に教えられたわけでもないのにそう思っていた。それはきっと周りの人に軟弱な奴だと言う印象を与えてしまうのを恐れていたのかも知れない。 まさに男のくせにと言うことだ。男は男らしく女は女らしくである。
戦後77年ジェンダーレスの時代を迎え、男のくせに女のくせにとか、男だから女だからなどと言うと前世代の遺物のように扱われ、即座に「それはおかしい」と言われる時代になった。 しかし当時はと言うと男の子は決まって黒のランドセルだったし女の子は赤のランドセルだった。僕は赤いランドセルを欲しいと思う事はなかったが現在のようにたくさんの色が選択できる時代でもなかったから黒いランドセルを背負うのは当たり前のことだった。男の子だから・・・
菜の花に想うジェンダーレス2
その頃、近所にスカートばかり履いている年下の男の子がいた。大人たちは決まって変な目でその子を見た、そして「おかしな子」と言って笑った。 僕もそう思ったし、その感覚が当たり前であって普通だと思った。 彼にはお姉ちゃんがいた。きっとお姉ちゃんが履いているスカート姿を見て素直に自分でも履いてみたいと思ったのだろう? 彼には周りの人の目なんてどうでもよかった。
でもそれは周りの大人たちにも子供たちにも理解される事はなかった。なぜならスカートは女の子が履くものと決まっていたからだ。 そんな考えや思いが受け入れられる時代ではなかった。
でも今は違う。みんなが抱いていた普通の感覚はおかしいに変わった。 世の中の常識だと思っていることはいつの世においても常識だと言うわけではない。
菜の花に想うジェンダーレス3
そんな僕が花を美しいと思ったり見に行こうと行動し始めたのは写真の世界に足を踏み入れてからのことだ。 その花の持つ色や形そしてその時の光によって変わる表情など花の世界に魅せられていった。 そして花を追いかけはじめるとこの日本と言う国を四季があり季節ごとに色々な楽しみを与えてくれるほんとに素敵な国だと思うようになった。
まさにそれは花のおかげであり花にはそんな大きな力が潜んでいる。 菜の花は春の到来を告げる花のひとつで何より色がいい。 色の少ない冬が終わる頃、梅や桃や椿など色とりどりの花で賑わいを見せ始めるが一面黄色一色で埋め尽くすこの菜の花のパワーは凄いと感じる。とにかく一気に日常の世界を変えてしまう力を持っている。
子供の頃菜の花に抱いていた想いは劇的に変わった。ビタミンカラーと言われる黄色。そう言われるからには多くの人がそう感じ沢山の元気をもらっていることだろう。もちろん僕もその一人でこの黄色い色を見ると自然と気持ちが明るくなり陽気な自分に変わっていくような気がする。
気持ちを明るくさせると言う意味では桜とよく似ている。 ただ桜にはいろんな思いを重ねる事が多くその中にはセンチメンタルな思いも同時に内包している事も少なくない。 だけど菜の花にはそのセンチメンタルな思いを重ねる事はそう多くないように思う。なぜならその黄色が持つパワーがそれをさせてくれない、ただひたすらに前向きな思いにさせてくれる花なのだ。
菜の花に想うジェンダーレス4
歴史を遡れば俳句や短歌の世界でも男の歌人が多く読んでいるように花や自然に対し興味を抱いていたことがわかる。 なのにいつの頃からか花や自然だけでなく自分の中にある素直な思いをストレートに表現することができない時代があった。
そして今、男のくせにだとか女のくせにだとか言われることのないジェンダーレスな時代へと変わろうとしていることに救われる人はたくさんいるだろう。
より多くの人が自由で生きやすい世の中になるといいなと、この花を前にして僕は思う。
内容は2024年04月11日時点の情報のため、最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
ジモッシュ編集部
地元が嫌いとか好きとかじゃなく地元にしか興味がありません! 噂を聞きつければ現地に足を運び、文字通り「地元をダッシュ」して情報発信中。 思い立ったら即行動!普段から目を皿にして特ダネをさがしています。
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